タイトル:高崎経済大学 NEWS & EVENTS
2011/08/02 印刷する 閉じる
石巻市被災地支援学生ボランティア報告―地域政策学部A教授活動手記―
 宮城県石巻市では2011年3月11日の東日本大震災の津波被害で、3千人を超える尊い命が奪われました。この数は今回の震災全体で亡くなった方の20%に当たり、最も被害の大きかった街といえます。高崎経済大学では、被災地の早期復興に微力ながらも貢献するため、7月に学内で被災地支援ボランティアを募集し、A班からE班まで各30名、5班編成で日程を分けてこの石巻市へ派遣を行っています。これは、A班に引率した教員の活動手記です。

7月24日

  • 予定の時間より早めに石巻市に到着し、バスで日和山へ。被災地が一望できる。学生は突如目の前に広がる廃墟に茫然。痛々しい光景。それでも5月の状況と比較して、瓦礫の整理は歴然。匂いも緩和。道が狭く、運転手の腕で登った。
  • 私たちのボランティア活動を統括するピースボートの基地となっているふれあいセンターでは長靴やビブスの貸出。当方は準備ができていたので、そのまま前線基地のビデオレンタル店へ。しかし店舗は廃墟。単なる物置。土地所有者の方の好意で利用させていただいているとのこと。たまたま会うことができたが、やさしそうな婦人であった。
  • 担当のマントルさん。好青年。まず集合して班判別に整列。注意事項の説明。分かりやすく、短時間。その後体操。スコップやバールなど、機材は準備されている。現場指導は女性のメンバー。しっかりとした対応が印象的。
  • 作業は全員が一緒で、ある街区の排水溝のどぶさらい。1日で350メートル実施。コンクリートの排水溝の蓋を外し、溜まったヘドロをかき出し、袋に詰める。もちろん匂う。側溝は単に泥を出すだけではなく、側面のこびり付いた泥もかき落とす。最後は蓋をして蓋の上も掃除。きれいな街路に。気持ちがいい。担当の女性がやや厳しく指導。地域の人たちに喜ばれるよう、とにかくきれいに仕上げる、ということでしょう。苦労がわかる。
  • 経大生はすばらしい。自ら進んで仕事をする。役割分担が自然にできる。システマチックに作業がすすむ。自然と。だれも文句を言わない(当然か)。
  • 午後の作業で、泥かきしていた街区にある水産会社の社長が、「ありがとう」と、氷でキンキンに冷えた缶ジュースをごちそうしてくれた。感謝。心が通じたような喜び。
  • 作業している地区の人で、トイレを貸してくれる人がいます。そっちへ行きましょう。仮設トイレには被災地の現実を生々しく思い知らされます。
  • 7月25日

  • 早朝、震度4の地震。部屋でラジオをつける。心配した津波は発生せず、ひと安心。とはいえ、昨晩遅くの余震に続いた大きな余震。ボランティアの継続中止も頭をよぎる。
  • 昨日、最初の説明時に、作業中の津波対策を尋ねたことについて。まず、発生が予想されると津波警報が鳴る。かなり大きな音とのこと。作業を中止し、経大グループ全員が集合。作業が1箇所なので。津波の到達まで20分あるので、道路正面の山に向かって移動する。作業場所によって対応も異なる可能性があるので、最初に必ず確認する。
  • 水は給水車が配置され、ペットボトルに補給可能。ただし、他の地区でのボランティアの際には確認が必要。
  • 朝の移動時には渋滞が発生。時間管理に注意。昨日の帰りはスムーズだった。
  • 夕食は十分の量。ご飯60人分。しかし学生は、思ったほどお代わりしない。ジュース、アルコールの自販機あり。お風呂も十分に広い。
  • 水分補給は重要。途中、休憩を取りながら、体調を管理する。個人的には、くらくらして星が見えた。年のせいかも。
  • 宿舎と現地ではワイマックスが使用できない。泉インター周辺の都市部でのみ通信可能。
  • 翌日の朝食と昼食は、帰りに大型スーパーに寄って購入。
  • 宿舎にて夕食前に本日のメモ

  • 昨日以上にボランティアが参加。ある大企業は50人くらいの、がっちり集団。運動部集団か。その他にも20人程度のグループが多数。ボランティア同士、挨拶は欠かせない。
  • 側溝には、かたいヘドロ、水分だらけのゆるゆるのヘドロ、乾燥してしまったサラサラのヘドロ、様々。
  • 側溝のコンクリート蓋を外す担当(特殊な器具を使用)、側溝の側面と蓋がかかっていた部分の泥を落とす担当、ヘドロをスコップ等ですくう担当、袋でそれを受けとる担当、蓋をしたら側溝周りを掃除する担当。自然と声を掛け合い、交代しながら。
  • 作業中、60過ぎと思われる地元の女性二人に話しかけられる。ニコニコしながら学生たちが作業するので、いい学生さんたちだと褒められる。「ここは震災までは、本当に住みやすいところだった」と何度も強調。彼女たちの地域への捨てがたい思いを深く、深く実感する。別の場所では感謝で涙を見せる高齢者もいた。高齢者の地域への思いは深く強い。子供たちも、少ないながら元気よく走っている。何となく、私たちには遠慮気味。
  • バスの運転手二人が協力。山への避難路をチェック。作業地区から山に向かうと、山の下にある公園にぶつかるらしい。その公園に向かって左手へ進む。すると登山道(お堂への参道)があるということ。ちょっと分かりにくいので、要注意。山頂はかなりの高台。半分でも避難には十分と思う。山頂まで40分とのこと。運転手さん二人に感謝。
  • ものすごい汗なので、当然、水分補給が必要。しかし個人的には胃液が薄まり、胃が痛い。やはり、作業自体が無理な歳だということか。人生も極まるの感。
  • ゴム手袋の中はすぐに汗でグチョグチョ。しかし3日間使用するのだ。
  • 作業は午後3時に終了。機材の掃除と翌日のための機材の整理。長靴や手袋を洗い集合。ピースボートの担当者が中心になって雄叫び?「オーオー・ラららー」。
  • 宿舎に戻ってのすぐの風呂はありがたい。幸せは、経大ボランティア全員に平等に訪れる。それにしても、被災しなかった高台の大型スーパーはものすごい盛況。震災とは無関係の、石巻の日常があることも実感。しかし釈然としないのは、僕だけではなかろう。運・不運という言葉があるが。でも楽しく買い物をしている人たちも、いろんな形で被災地を支援しているに違いないと考えてみた。
  • 今日も学生たちのチームワークは絶妙。事務局Bさんのリーダーシップも最高。このチームなら、どんな苦難にも耐えられそう。
  • 昨日の夕食はハンバーグ定食。デザートの「ずんだ餅」がうれしい。さすが宮城県。本日の夕食はミックスフライ定食。酢の物とスイカがうれしい。

  • 惨状を日和山から見る

    作業説明を受ける場所もやや危険

    作業の前後はみんなで気合いを入れる

    今回は側溝清掃が主な作業内容

    側溝は瓦礫、汚泥などでいっぱい

    完了の目印に石灰を撒く

    必死の思いが伝わる家屋の壁に残る伝言

    住民の言葉がボランティアの活力になる

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